KAISEIブログ

 : 令和4年度・2学期終業式
 投稿日時: 2022/12/23

2学期の終業式を迎えました。2022年の締めくくりにあたり、少し話をさせていただきます。今年もコロナに悩まされた1年でしたが、こうして皆で終業式を迎えられることは、本当にありがたいです。今、休んでいる人の一日も早い回復と、あなた方がお休み中に、新たな感染から免れることを願っています。そこで冬休みの過ごし方についてですが、こうした時こそ、自宅でゆっくり映画を見てはどうでしょう。そしてこの先、繰り返し見るような「私の1本」に出会えるとよいなと願っています。私自身、高校時代のある年、冬休みに5回も6回も見直した1本の映画がありました。

今から50年ほど前の1974年に公開された『砂の器』という映画です。考えてみるとSDGsの要素も先取りした、日本の映画史上に残る大傑作です。この映画の重要な場面の一つが、仁多郡の亀嵩(かめだけ)で撮影されていて、私は島根県に来た時にすぐ亀嵩駅に行き、ロケで使われたホームに立った時、感激で足が震えました。実は亀嵩に行く直前と直後も、映画を見返していて、おそらくこれまで20回以上は見ているのではないでしょうか。生徒会長の栗原さんと、陸上部の藤原くんが仁多の出身と聞いて、いっそうこの土地に親しみがわきました。

それはさておき、優れた映画というのは、こうした繰り返し視聴を楽しめる魅力があります。一方で、今年は繰り返し視聴とは真逆の、ファスト視聴がニュースになりました。話題映画のいいところをつまんで発信している2人が逮捕され、5億円の罰金刑という判決も驚きです。この事件の少し前に、次のような本も出ました。『映画を早送りで観る人たち ファスト映画・ネタバレ――』副題が『コンテンツ消費の現在形』というタイトルです。ファスト視聴というスタイルについて、映画を創った人への冒涜でもあるという人もいますが、あなたはどう思いますか? 作品の鑑賞ではなく「コンテンツ消費」とはどういうことか? ファスト視聴をする人は「主人公のセリフの場面以外は飛ばす」「風景描写は見ない」と、本には書かれています。それが効率よく、得られるものが多い方法なのでしょうか。

しかし先ほど話した『砂の器』という映画では、20分以上延々と映像と音楽だけが流れるシーンが続きます。一言二言の短いセリフは効果的に入りますが、このシーンこそ心揺さぶられ、見る側にさまざまな想像が働き、感情がうずまく、物語のクライマックスなのです。それは正に作品鑑賞の醍醐味であり、コンテンツの消費との違いなのかもしれません。優れた映画には、飛ばして見ては味わえない、たくさんの仕掛けがあって、見るものを感動させる。その驚きや共感から、自分の美意識であったり、人生観を形作る手がかりが生まれたりするのだと思います。今年、あなた方は劇団「風」の演劇を鑑賞しました。演劇も脚本、美術、音楽、照明、演技などが組み合わさった総合芸術で、しかもファスト視聴ができません。ただ、なかなか優れた演劇を見る機会は得られないので、映画はその点で手軽なのでしょう。

ファスト視聴をする人は「一本でも多く見ておかないと、話題についていけない」と言います。もしそんな気持ちで数を追い始めると疲れるし、キリがありませんね。何しろ、一生かかっても見切れないほどのコンテンツが、毎日のように生産されているわけですから。その一方で、自分が大切にしているものを持っていること。私には私が大事にしているものがあるからと、胸を張ることが、人から追い立てられたり、周りを気にしないで済む態度だと思います。

あなたも高校を卒業すれば近い将来、どこかの場で商品やサービスを提供する側の人に回るでしょう。あなたが何かを企画したり、新しい価値を創り出して提供する立場になった時、優れた作品に触れた体験。とくに総合芸術である映画の名作に触れた経験は、必ず生きてくるだろうと思い、この話をしました。

あと一つだけ、映画を見る機会が作りづらい人もいるかもしれません。先ほど人生観を変える作品と言いましたが、読書も当てはまります。私は高校2年生の時に読んだ、1冊の本で進路を決めました。ヘミングウエイというアメリカ人のノーベル賞作家が書いた『老人と海』という小説です。「このダイナミックな物語を原書で読みたい」という想いで、私は文学部の英文科に進みました。高校の先生からは、文学部は就職に有利ではないからやめておけと、止められたことを思い出します。1冊の本で進路が決まった人は、私が出会ってきた高校生にもいましたし、前任校で夏休み前の終業式に読書の話をしたら「休み中に40冊の本を読みました!」と目を輝かせて報告してくれた女子もいました。いたずらに数を追う必要はありませんが、将来を考えるうえで読書はとても有意義です。

最後にイギリスの文豪・チェスタントンという人の言葉を紹介して、終わりたいと思います。「人生とはたった一人の異性、たった一人の友、そしてたった一つの思い出と一冊の書物を手に入れること」。「これだけを手に入れるためにも、懸命に生きよう」として結んでいます。では冬休み明けには受験に臨む人もいますが、どうか健康に気を付けて、それぞれの充実した冬休みを過ごしてください。