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「世界中の青空を全部東京に持ってきてしまったような、素晴らしい秋日和でございます。」これは、今からちょうど60年前の今日、10月10日、東京で初めてのオリンピックの開会式、テレビ中継でのアナウンサーの第一声です。当時、この日は過去の統計から「晴れの確率が高い日」でしたので、選ばれました。その日は、実際に前日の雨模様とは打って変わる晴天となりました。それから60年経った本日、ここ松江も有り難いことに秋晴れとなりました。
そうしたよき日、ここに本学園創立100周年記念式典を挙行するにあたり、多数のご来賓の方々にご臨席を賜り、本学園の職員、生徒と共にお祝いできますことは、誠に喜びに耐えないところでございます。高い所からではありますが、厚く御礼申し上げます。また、本学園の日頃の取り組みに対しまして、同窓会、教育後援会、保護者の会をはじめとする関係各位の皆様のご理解やご協力のおかげで、今日を迎えることができました。改めて深く感謝申し上げます。
本学園は、大正13年、1924年に大多和音吉・タカ夫妻によって創立され、その後、大正、昭和、平成、令和と時代の変遷の中で、「建学の精神」を根本に置き、常に「不易」と「流行」、すなわち「変えるべきでないこと」と「変えるべきこと」を意識した学校教育に尽力しております。
創立者・大多和音吉は、若き時代に一介の海軍兵としてアメリカに遠洋航海し、日本でも洋装の時代が来ると予感しました。退役し、ミシン会社に就職し、最初広島で勤務した後、ここ松江の地に赴任しました。ミシンを販売するには、その使い方も指導しなければ買い手がつきません。音吉の妻・タカはミシンの技術指導を行い、夫婦二人三脚で営業に尽力しました。大正初期、日本全体でも、まだ洋装が普及していない時代に、地方都市において、ミシンの販売は困難の連続でした。
そもそも、音吉が海軍に入隊し、アメリカに行ったのは、若くして未亡人になり女手一つで農業をしながら五人の子ども育ててくれていた母への思いがありました。母のような女性が自立できる時代になるために自分に何ができるかを考えている時、近所の人から、「貧しくても海軍に入れば、海外に行く機会が得られる。そこで見聞を広め、次の時代を予見しろ」と助言されたことに起因します。
女性が自立できる社会が到来するために働いていた音吉は、ミシンの技術普及は、ミシンの販売だけでは限界があり、会社の販売目標を達成するのも難しい状況であったので、退社し、妻と学校を開校します。それが本学園の前身「松江ミシン裁縫女学院」です。
開校したものの、ミシンや洋裁の需要はなかなか増えません。ただし、女子教育の需要は、少しずつ増えてきました。いわゆる「良妻賢母」、よい妻・賢い母親を育成するための人間教育です。そこに価値を見出した音吉は、その柱を探しました。キリスト教、仏教、神道など宗教に触れながら、たどり着いたのが「モラロジー」です。「モラロジー」とは、「道徳」を表す「モラル」と、「学」を表す「ロジー」からなる学術語で、法学博士・廣池千九郎が大正15年、1926年に創建した総合人間学です。倫理道徳の研究を推進し、人間としてのよりよい生き方と住みよい社会の実現をめざし、明るい未来を拓こうとするモラロジーの目的に共感した音吉は、道徳教育の推進を始めました。
こうして本学園は、二つの教育の柱が確立しました。一本は、次の時代を見据え、先んじて行う教育、これを「先見・先行教育」と呼んでいます。そして、もう一本が、人間としてよりよい生き方をめざすモラロジーによる道徳教育です。「品性の向上をはかり、社会の発展に役立つ有望な人材を育成する」という本学園の「建学の精神」は、今申し上げた二つの柱から成り立っています。
今から約40年前に出版された外山滋比古著『思考の整理学』という本があります。ロングベストセラーですので、生徒の皆さん、あるいはご参集の皆様の中に、読まれた方もいらっしゃるかもしれません。その中に「明治時代から日本人が勉強と称して努力してきたものは、多くが外国を真似るだけの受け身の勉強だった」とあります。こうした勉強は、今もほとんど変わらないと思います。外国から学ぶことも大切ですが、わが国の歴史文化から学ぶことも必要です。江戸時代の初期、水戸光圀は「絶えざるを継ぎ、廃れるを興す」という言葉を遺しています。わが国の歴史や文化を振り返った時、「絶えたものなら、そのあとを継げばよいし、廃れたものなら、それを再び興せばよい」ということです。まさに明治維新がそうでした。こうした視点や発想も大切にしたいと考えます。
哲学者・西田幾多郎は、昭和天皇へのご進講の際、次のようなことを述べています。「歴史は、いつも過去と未来を含んだ現在の意識をもったものと思います。ゆえに私は、わが国においては、建国の精神に還ることは、ただ過去に還るだけではなく、いつもさらに新たな時代に踏み出すことと存じます。」このことを言い換えれば、原点に還ることは、新しい時代に踏み出すことになると言えましょう。
今の時代、いやこれまでも、「改革」や「変革」という言葉が、たくさん飛び回ってきていますが、時代を振り返ってみると、「改革」や「変革」の成果が必ずしもよくありません。それは、原点を忘れた取り組みだったからではないでしょうか。
本学園創立90周年の際、記念講演をいただいた、私が尊敬するイエローハットの創業者・鍵山秀三郎先生は、「未来を見据える」とはどういうことか、次のように言われています。「過去に感謝できる人は、未来に対して考えることができるようになります。反対に、過去に感謝できない人は、未来を考えることができません。過去への感謝が未来を創造するからです。」
原点を忘れた未来はありません。過去を捨てた未来もありません。鍵山先生がおっしゃる「過去」は、私学にとっては「建学の精神」と考えます。創立100周年にあたり、本学園創立の原点を再確認すると共に、本学園の「建学の精神」に感謝し、本学園は今後とも私学の独自性を活かして、この地域に欠くことのできない学校として、社会の発展に貢献できる人材育成に尽力して参ります。
生徒の皆さん、本校の校名「開星」は、この「建学の精神」に由来していることを常に意識して生活してください。最後になりましたが、ご来賓の皆様、今後ともご支援ご鞭撻の程よろしくお願い申し上げ、私の式辞を終わらせていただきます。
令和6年10月10日
学校法人 大多和学園 理事長 大多和 聡宏